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夜も遅くなってから、あるお客様より電話を頂いたのですが、
「休んでいる時に申し訳ありません。」
とこちらを気遣う一言に、とても嬉しくなりました。

携帯電話の普及した現在、相手の都合は関係なくダイレクトに電話の出来る状態にあります。
営業という仕事柄、お客様の急なトラブルには出来る限り対応したいと考えていますので、休日や夜中の電話について、自分の中で迷惑という感覚は基本的にありません。
その時の状況によって、即ご対応とまではいかないにしても、自分の声で対応することで、少しでもお客様の気持ちが楽になればと思っていますから。

と、そんな風に思っていても、冒頭のようなお気遣いの言葉を頂くと、とても嬉しくなるものです。

そしてこれは電話だけに限ったことではなく、普段の生活の中でも同様で、相手のことを考え、ほんの一言付け加えるだけで、伝わり方ってまったく違ったりするものですから、自然とそんな言葉を発することが出来る人に会うと、素敵だなあと素直に思ってしまいます。

日本人が持つと言われる「思いやりの心」は、人間関係を円滑にするためにとても大切なものだと考えています。
犯罪のニュースが絶えない昨今、日本人が日本人としての大切な心を忘れてしまっていることが大きな原因のひとつでしょう。
誰もが思いやりの心を持って、それを相手に伝えるための一言が自然に出てくるような人間関係が築けたら、この国はもっと変わっていくんだろうなあと思っています。

これって理想論なのでしょうか・・・?

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「ビジョナリーピープル」の中の一説です。

「ビジョナリーな人たちは、自負心というものは、挑戦し、そして失敗する、また挑戦し、失敗する、そしてささやかな勝利をこつこつと積み上げ、毎回少しずつ良い仕事をするところから生まれる、と主張する。」
思えば挑戦という言葉について、自分の過去を振り返ると、ほとんどそれらしいことをしてこなかったような気がしています。
挑戦する前に失敗をすることを恐れて、行動を自分で制限していたのではないかと思っています。

高い山に登ろうとする時、挑戦する気持ち、そして実際に挑戦をしなければ決して登頂することは出来ません。また、現状に満足し、安住してしまっては挑戦する心など生まれるはずもありません。
この本を読み終えて、改めて自分の目指す姿を考え直し、そこに向かって挑戦してみようと思いました。

でも、挑戦しようという気持ちは、もしかしたら案外簡単に持てるのかも知れません。それを一瞬のものとして終わらせない為にも、本当に自分にとって価値ある目標を持てるかどうか?また、持続継続させる折れない気持ちを持ち続けることが出来るかどうか。これが大切なのでは無いかと思います。

「折れない気持ち」

持ちたいですね・・・。
横浜に来ています。

自分も含めた社員研修でお世話になっている企業様がめでたく40周年を迎え、その記念式典にご招待いただきました。
一口で40年とは言うものの、その持続継続の力には常に感心させられます。

その式典の最中、あるカンボジア人の生徒が、「管理者」について語っていました。
良き管理者とは、全てを他責にせず、自らの高い目標に向かって自己革新に挑戦し続ける人であると。
更に、一部の成功者が突然変異のように現れた存在ではなく、不断の努力によってのみ成功者であり続けられるものであると。

この企業の創業者が、「全ての人に学びを」という意思の基カンボジアに作った学校。自分もその設立のための調印式に参加させていただいたものとして、大変興味深く見ていました。
僅か二年足らずの勉強で、そこまで流暢になるのかと思わせる程彼らの日本語は素晴らしく、目一杯の声を張り上げて感謝の言葉を叫ぶ姿に、目頭が熱くなりました。

丁度その場に大師匠もいらしていたので、少しだけお話させていただいたのですが、やはり人間やる気にさえなれば大抵の事は出来るのだと話されていました。

昨今の自動車業界を取り巻く環境変化の中で、当社も同様に厳しい状況は続いていますが、環境が悪いとか、時代が悪いとか、どうしようもないことに事の責任を押し付けて自分を正当化することは誰でも出来ることだと思っています。

それよりもこの状況下で確実に実績を上げ続ける為にはどうしたら良いか考え、実現していくことで自己の成長を図りたいと考えています。

「出来ないことは無い。」
深い言葉をいただきました。

ありがとうございます。
忙しい人程時間を上手に使い、成果を上げているものなんだと思います。
「一日24日時間」
誰にでも平等に与えられているこの時間も、使いかたによっては長く感じたり、短く感じたり様々です。

『野心のある人の一番の幸福は、いつも忙しいということです。』
「忙しい人とは、多くの人から必要とされているうえに、これからやりたいことが、まだまだあるひとだからです。」

こんな言葉を目にしました。

忙しいことを幸福と捉えられる人は、少ないと思います。
大抵が、忙しい→自分ばかり→他人を責める。となるものですが、先述の言葉のように忙しいという状況を捉えることができたら、他を責めることが如何に馬鹿げたことかを理解できるはずです。
だって忙しくないのは必要とされる人が少ないわけですから・・・。
また、経験から、忙しい時ほど沢山の仕事をいただけるものだと学んでいます。
そして忙しい時ほど思考能力も高まり、良いアイデアが浮かんだりするものだとも思います。

お陰様で毎日忙しい日々が続いています。
次々と良いアイデアが・・・。
と上手くいくことばかりではありませんが、しっかりと状況を判断し、優先順位をつけて仕事をこなしていくことで自分がもっと成長できたら良いなあと感じています。

その為にも、もっともっと忙しく、沢山の方のご期待にお応えできる自分にならないといけません!
「のに」
タヒチのジュースではなく、助詞の「のに」です。

意外・不服の気持ちを込めて・・・。と辞書に書かれています。
「~してあげたのに」と言うと分かりやすいかと思いますが、普段の生活を振り返ってみると、意外とこの言葉を多用してしまっている自分に気付きます。

辞書の意のように、相手に対して何かをした時に、反応が意外だったり、不服だったりした時に発しているのですが、してあげてるという気持ちが強ければ強いほど「のに」と言ってしまう訳です。
裏返せば、相手に対して求めるばかりであると・・・。

でも結局求めているばかりでは、人間関係が円滑になることはありません。
しかし今の日本では、互いに相手を思いやる気持ちを持てないが為に、自分本位に陥り、自分さえ良ければと何でもありの行動に出てしまうのではないでしょうか。
その結果「~のに」が出てきてしまうのだと思います。

日本人として大切にしたい「おもいやり」の心。
失敗は自分の責任で、成功は周囲の援助の賜物と捉え、「ありがとう、お陰様で」と素直に感じられる人間になりたいと思っています。


青年会議所の例会で、心臓移植手術を受けた地元在住の手塚義人さんのお話を聞く機会に恵まれました。
拡張型心筋症という病気に犯されながら必死に病気と闘い、アメリカでの心臓移植手術を経て現在に至るまでの壮絶な体験談をお話いただく中で、命の大切さや家族の絆について考えさせられる例会となりました。

涙ながらに自分の体験談を語ってくださる彼の言葉には大変な重みがあり、常日頃
「人は一人では生きていけない」
とか
「命は大切なんだ」
と、軽々しく言葉を発している自分を反省しました。

人は言葉によって判断をし、言葉によって励まされ、言葉によって傷ついてくものです。
また、言葉はそれを発する人の置かれた立場によって重さも変わるものだと思います。
それは経験であったり、職位であったり・・・と様々です。

もしかしたら私自身の言葉もそんな重みを持つことがあるかも知れないと考えると、それを意識せずに発し、仲間を混乱させてしまうことの危険性を改めて認識しています。

言葉によって繋がり、言葉によって広がる人間関係だからこそ、大切にしたいなあと思っています。
人をその気にさせることがとても上手な人がいます。
今日もそんな人との会話の中で、すっかり有頂天になってしまっている自分がいました。

人をその気にさせるとか、やる気にさせるとかいうこの力。
相手のことを良く見て、相手のことを思っているからこそ発揮できる力なんだと思います。
そして何より自分自身が高い目標に向かって向上心をもって行動していなければ、相手を巻き込むことは不可能だと思っています。

しかしこれまで、自分の中で人をモチベートするのはある種のテクニックだと勘違いしている節がありました。そしてその手段を磨くことに注力しすぎて、自分自身が行動することを怠っていたんだと思います。

先月交わした大師匠との約束は、強烈に行動を要求されるものであり、その達成に向けたプロセスを通じて、僅かながら分かったような気がしています。
目指す姿に向かって先ず自分が行動し、目に見いえないところで助けてくれている、応援してくれている仲間に常に感謝の気持ちを持ち続ける姿勢がなければ、人をその気にさせるなんて事は到底無理な話です。
そこに気付かせてくれた大師匠に感謝感謝です。

「嫌なことばかりを言う口うるさい親父」
と謙遜されていましたが、自分にとっては大切なことを気付かせて頂いた方です。
更に言うと、自分をその気にさせて下さった方なんだと思います。

必ず自分の行動、そして結果によって恩返しをしたいと考えています。

2008年10月4日。
大師匠との約束から4日が経過しました(申し訳ございません)。
いよいよブログを書き始めます。

以前一年程ブログを書いていましたが、継続できませんでした。
続かなかった理由を考えると、きっと目的が不明確だったのだと思います。
目的意識が薄い行動は、いつか無くなっていきます。

今回は、読んで下さる方に自分が日々何を考え、何に喜び、何に悩んでどう行動しているのかをお伝えする為、また自己の成長の為、書きたいと思っています。


さて、先月9月は走り回った一ヶ月でした。
「お前は誰にも報いていない。」
という言葉を頂き、結果を出して心配してくださる方の恩に報いる行動をすることの難しさを痛感させられました。

人は優先順位付けが出来ていないと全てが同じに見え、結局何も出来ないということがあります。
まさに自分もそんな状態に陥っていました。
折角の素晴らしい出会いを自分自身で無くしてしまうところでした。

そんな危機感と、悔しさと、情けなさと・・・。
様々な気持ちが自分を突き動かし、最後まで諦めない行動をさせたのだと思っています。

人間大抵の事は出来る。
出来ないのではなく、出来ないと思って行動を止めてしまう自分がいるだけなんです。
出来ない理由はいくらでも浮かんできます。出来なかったときの保険をかけることは本当に上手なものです。
大切なのは他責にしないこと。全て自責の念で考え、行動することなんだと思います。

有難いことに今月も命題を頂きました。
滑り出し好調とは言い切れませんが、その達成に向けて頑張っていこうと思っています。

ありがとうございました。